奈良女子大学学術情報センター
 所蔵資料電子画像集   伊勢物語関係 

  伊 勢 物 語 抄

写本二冊。袋綴。26.7cm × 20.0cm。墨付、上巻91丁、下巻99丁。
雷紋地に花唐草紋様空押し錆浅葱色紙表紙。
外題「伊勢物語秘抄 上(下)」(左肩・草花下絵題箋)。
もと扉題(現装では見返しの裏、表紙に貼り付けられる)「伊勢物語抄 上」。
 

本 文    

 本書は江戸時代前期成立の注釈書。著者未詳。管見に拠る限り本書以外の唯一の伝本である桃園文庫本(桃3・43)の外題には「伊勢物(語)抄 九条家」とあり、下巻の本奥書にも「九条稙通公御抄抜書也」との記事が見られるところから、九条稙通(1507〜1594)の著とも伝えられていたことが知れるが、大津有一『伊勢物語古註釈の研究』が指摘するように、「東光稙通公は〜と御説」「九禅抄云」などとして九条稙通説を引用している点から見て、九条稙通自身の著作ではあり得ない。また、細川幽斎の「闕疑抄」や「貞徳」「一花」などと松永貞徳や一華堂乗阿の説を記すところからも、江戸時代前期にまで成立は下るものと考えられる。
 本書には「御説」「師説」と称する説、また「私」「私曰」とする説が見えるが、何れも誰の説かは未詳である。他に引用される先行の注釈書名・人名は以下の通りである。

   愚見(一禅御抄)、肖聞(肖柏説)、祇注(宗祇)、惟清抄、闕疑抄、実隆(逍遥)、
   称名院(蒼説)、実澄(三光)、稙通公(東光院)、貞徳、一花
中でも愚見抄、惟清抄、闕疑抄の名が目立ち、およそ宗祇、三条西家流の流れを受ける注であることが予想できるが、やはり、九条稙通説を取り込んでいる所が特徴の一であろう。また、貞徳、一花(乗阿)の名が見えるところから、堂上家の著作ではなく、地下人の所為ではないかとも推測される。
 本書の上巻の巻初に、
   一校 伝右衛門/治兵衛/介右衛門
下巻の巻初には、
   初校 左近/久可/新助 喜内 半分/新助 元枝 半分
と校正担当者と思われる人物の名が記されている。その名前から、本書の書写があまり身分の高くない層の人々(武家か町人か)によって為されたのではないかと思われるし、また、例えば「あはれ」を「あわれ」、「思はず」を「思わず」と表記するなど、近世前期の歌書にはあまり見られないと思われる、語中の「は」と「わ」の混同が目立つところなども、本書の享受者層を考える上で留意すべき事柄であろう。
 本書には、伊勢物語本文の注の後ろに、題号についての記事・業平略伝・系図が付載されるが、題号についての記事の前に
   (A)伊勢物語愚耳(聞)書私文亀三年亥藤原為相/於無動寺常光坊(宗)目講読在
    之。宗祇之説云々/従五月廿四日至六月十三日
記事の後ろに
   (B)本云 寛文二二年二月十八日午時写終申也/正六位下玄蕃少允源重相
そして巻末に
   (C)此書板坂氏持所秘本致借用/干時元禄六年五月九日令書写矣
とある。(A)には文亀三年(1505)とあり、また業平略伝の部分に
   元慶四年より永正十二年亥歳にて六百三十五年歟
と、永正十二年(1515)の記事とも思われる一文が存する。(B)の寛文四年(1664)の本奥書は本文の注部分をも受けるものか、題号についての記事のみを受けるものか未詳。(C)は形態的な在り方からして、また本書の書写年代もおよそ元禄頃と認めてもよいことからして、本書全体の書写奥書と考えられよう。

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