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奈良国立大学機構発足によせての学長挨拶


 学生の皆さん、教職員の皆さま、新学期の始まりですね。令和4年度は奈良女子大学にとって新たな船出になります。一法人一大学であった国立大学法人奈良女子大学の下での奈良女子大学が、一法人二大学となり国立大学法人奈良国立大学機構の下での奈良女子大学になります。そして機構のトップを理事長、大学のトップを学長が務めます。

 昨年度は一昨年から続く新型コロナウイルスの蔓延により、授業や会議をそして就労をリモートで行うという形態に変更せざるを得なくなり、急遽対応をお願いしました。幸い何とか凌いだという状況です。ご協力ありがとうございました。新型コロナが本当に落ち着くまでにまだ1年はかかると覚悟しています。 令和4年度から6年間が、第4期中期目標・中期計画期間になります。国立大学は自らの社会的価値をアピールし、実績を積み、なくてはならない存在になることが要求されています。これからの6年間が胸突き八丁です。 本学は奈良教育大学との法人統合を核として、奈良カレッジズを構想しています。奈良カレッジズは日本の従来型の総合大学とは異なるタイプの学問の総合化を目指すものです。奈良県にある高等教育・研究機関である、奈良先端科学技術大学院大学、奈良工業高等専門学校、奈良国立博物館、奈良文化財研究所との強い連携をします。学生の視点からすると、学べる範囲が広がることが決定的に重要です。広い範囲の中から自分の可能性を最大化する分野を自らの考えで選択し、その道を究める。その形の学びの場を提供するのが奈良カレッジズです。私の理想とする奈良カレッジズは、誰しもが「君の志は?」と同時に「君の研究は?」と問う松下村塾です。このような学びの空間が拡張していくことで、奈良やその周辺が住みたいまち、子供を育てたいまち、余生を送るまちとして魅力を持ち続けることが完成イメージです。
 また、奈良女子大学には四番目の学部である工学部が設置され、新入生が入ってきます。これも大きな変化です。女性は工学部には向かないという暗黙知があります。しかし、IBMの浅川千恵子氏は青色発光ダイオード発明の中村修二氏に次いで、日本人3番目の全米発明家殿堂入りを果たしています。発明に男性女性はありません。
 これらの変革は教育の改革つまり人材育成の改革です。「これからの世界で活躍する学生を育成すること」を教育改革の目標にしています。ただし、次の教育の基本を忘れることはありません。 経済学者宇沢弘文氏は教育の目的について次のように語りました。教育とは「一人一人の子どもが持っている多様な先天的、後天的資質をできるだけ生かし、その能力を伸ばし、発展させ、実り多い幸福な人生をおくることができる一人の人間として成長することをたすける」ことである。 問題はこれからの世界がこれまでの世界とは大きく異なる点です。
 昨年京都賞を受賞されたフランスの哲学者ブリュノ・ラトゥール氏は、「今ヨーロッパの知性が傷つき悩んでいる。この動揺はルネッサンス期を超えるものがある。」と言っています。「近代」のキーワードは「個人」と「理性」ですが、もはやこの二つを原理原則としてはやっていけないという考え方です。深刻なのは「温暖化を代表とする地球環境問題」であり「社会的ジレンマ」と呼ばれるものですが、ゆっくり対応していると人類にとって取り返しがつかないという規模の大きなものです。
 昨年のノーベル物理学賞はアメリカ・プリンストン大学の真鍋淑郎氏でした。この受賞は「理性」が他のものによらない「独立性」を持っていることが、良い方向に否定された事件でした。 企業が社会との繋がりでCSRという言葉がありましたが、今はESG(環境・社会・ガバナンス)に移りました。企業の環境・社会・ガバナンス対応の積極性を「投資」でコントロールしようとする「社会的ジレンマ」解消法の一つです。
 これらの事実から、「世界を分割し、単純化して、深掘りする」という知の形から、「すべてが繋がっていることの再認識」を如何にして具体化するか、という知の形が求められています。知の形が異なりますのでトレーニングの方法は変わりますが、人間は考える葦ですから、頼りにするのは「創造力を基本とする研究」しかありません。
 大学は「知の世界」を生業にしています。大学が変わらなければいけません。ミニ東大を目指す時代は過ぎ、2番で良い時代も過ぎ、それぞれの大学が比類なき存在になることが求められています。本学はその変化の方向として第4期中期目標に「研究大学」を掲げました。いわゆる指定大学と呼ばれる大規模大学を目指すものではありません。「学修者中心の大学」と呼んでいますが、「未知のものを明らかにする研究」という行為を大学の真ん中に置きます。大学院生には限りなく研究者に近い頭の使い方を要求し、研究仲間として遇します。大学院博士後期課程の学生は「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」と「次世代研究者挑戦的研究プログラム」の二つの支援プログラムが走り始めました。このことは、「学生も給与をもらって研究する」という意味を持っています。
 モノやコトのイノベーションを起こすには異分野交流が必須です。分野を問わず年齢を問わず集まり、問題を作りその解答のモデル作成を行います。奈良カレッジズでは異分野交流を大切にしますが、その具体的な仕掛けを、「異能交流ラボ」と呼んでいます。参考にしたマサチューセッツ工科大学メディアラボには、二つのキャッチフレーズがあります。一つ目が「異なる複数の視点を手に入れて、新しいアイデアを育もう!」で、これが異能交流ラボに当たります。二つ目が「研究所の外に出て、さまざまな人や地域に目を向けよう!」で、これは奈良県の南部に置く異能交流ラボ・サテライトになります。
 法人統合の狙いの一つは経営と教学の分離で、理事長と学長の役割分担を行います。また工学部の設置により、大学と社会との接点を広げることで受託研究の比率を上げ、寄付金の増加を図りたいと思っています。
 奈良女子大学から車で20分のところに関西文化学術研究都市があります。その場所を学生が集う学園都市化することが奈良カレッジズのもう一つの目的です。研究都市には最先端の研究はあるのですがスタートアップを担う学生が不足しています。ここをネクスト・シリコンバレーにするために国立の大学と研究機関がすべきことは多いと思います。
 国立大学法人奈良国立大学機構の初代理事長になられました榊裕之先生は、特に名古屋で知らない人はいない有名な方ですが、関西での知名度も抜群です。関西文化学術研究都市と私たちの繋がりを強化するためにご尽力頂けると期待しています。

 最後になりますが、学生の皆さん、教職員の皆様の健康と輝かしい未来を祈念して私の挨拶とします。


令和4年4月1日
奈良女子大学長 今岡春樹