和暦 (西暦) | 記事(アラビア数字は月・日を示す) | 国内・外のうごき |
昭和13年 (1938) |
3.17 | 本校規則中文科の授業時数改正 |
3.24 | 第二十六回卒業式 |
4.10 | 第三十回入学式 |
4.21 | 稲葉校長退官、文部事務官日田権一校長に任命(4.27着任) |
6.10 | 日本文化講義(藤村作) |
7.10 〜15 | はじめての集団勤労作業 |
7.21 | 従来八月末日まで午後休暇であつたのを廃止、午後四時まで執務 |
9.17 | 本校・附属高女全員橿原神宮苑建設奉仕作業 |
9.30 | 日本文化講義(平泉澄) |
10. 1 | 防空演習 |
11.26 | 日本文化講義(福島政雄) |
11.10 | 文科会主催文楽座竹本紋十郎の講演と実演 今年から教室にストーブはいらず |
| 1月 近衛声明 4月 国家総動員法公布 6月 文部省集団勤労作業につき通牒 7月 産業報国連盟創立 |
昭和14年 (1939) |
3.24 | 第二十七回卒業式 |
4. 8 | 第三十一回入学式 |
4.15 | 梨本宮妃来校 |
5. 1 | 三十周年記念日 |
5. 4 | 本校生徒寄宿寮で軍隊蚊帳修理作業 |
5.29 | 日本文化講義(矢野仁一) |
9.11 | 戦没寡婦のため奈良特設幼稚園保栂養成所開設 |
9.26 | 賀陽宮恒憲王来校 |
10. 1 | 橿原神宮へ献木奉納 |
11. 6 | 日本文化講義(村岡典嗣・務台理作) |
11. 8 〜 9 | 賀陽宮恒憲王・北白川宮永久王来校 |
12. 1 | 興亜奉公日(教官生徒元明陵などの参道修理作業) |
| 4月 米穀統制配給法公布 5月 『青少年学徒ニ賜ハリタル勅語』発布 9月 英仏、対独宣戦布告 |
昭和15年 (1940) |
2.17 | 文科会主催能に関する講演と実演 |
3.20 | 第二十八回卒業式 |
3.29 | 本校規則第三、九、十条改正 |
4. 9 | 保栂養成科規則第一条改正 |
4.10 | 第三十二回入学式 |
6. 3 | 橿原神苑除草作業 |
6.19 | 橿原神宮に秩父宮を迎え紀元2600年奉祝銃後奉公祈誓大会 |
7. 1 | 日本文化講義(加藤寛治) |
8 | 紀元2600年記念として奈良女高師紀要第一輯発行 |
10.28 〜11.1 | 紀元2600年・教育勅語換発五十年記念展覧会のため授業休止 |
11.10 | 紀元2600年奉祝式挙行 |
11.15 | 日本文化講義(松井春生) |
12.20 | 八紘寮集団訓練に356名参加 |
| 4月 国民体力法公布 9月 日独伊三国同盟、隣組制度施行 11月 紀元2600年式典、大日本産業報国会結成 |
昭和16年 (1941) |
1. 8 | 校友会改組して報国会結成式挙行 |
2.18 | 附属幼稚園規則第十一、十五条改正 |
2.25 | 日本文化講義(木村素衛) |
3.20 | 第二十九回卒業式 |
3.28 | 本校規則中生徒定員増加改正 |
4.10 | 第三十三回入学式 |
4.19 | 橋田文相来校 |
4.21 | 附属幼稚園規則第一、三、七条改正 |
4.22 | 本校職員定員改正、本校規則第八条改正 |
4.23 | 附属高等女学校規則第一、九、十三、十六条改正 |
5. 1 | 附属小学校規則廃止、附属国民学校規則制定 |
5.19 | 東伏見宮妃来校 |
5.31 | 李王、同妃来校 |
6.30 | 日本文化講義(広浜嘉雄) |
9.17 | 報国隊結成式 |
10.16 | 修業年限短縮措置 |
10.31 〜11.1 | 陸軍兵器廠祝園部隊に作業協力 |
11 6 | 日本文化講義(高山岩男) |
11.29 | 本校臨時補習科規則制定 |
12. 8 | 太平洋戦争勃発につき校長訓辞 |
12.9 | 宣戦詔勅につき訓辞後春日神社参拝 |
12.10 | 宣戦詔勅奉読式 |
12.16 | 米英撃滅奈良市民大会に教職員・生徒参加 |
12.24 | 第三十回卒業式 |
12.27 | 報国会主催講演会(田辺平学) |
| 3月 小学校を国民学校とする 4月 日ソ中立条約 8月 仏印進駐、学校報国団の体制確立方訓令 10月 東条内閣成立 12月 太平洋戦争始まる |
昭和17年 (1942) |
1.26 | 日本文化講義(武富邦茂) |
3.26 | 本校職員定員改正 |
3.31 | 幼稚園規則第二、十七条改正 |
4. 1 | 奈良女子臨時教員養成所開設 |
4.10 | 第三十四回入学式 |
6.16 | 学制改正研究会、満州建国十周年記念講演会 |
7. 6 | 日本文化講義(汐見三郎) |
9.30 | 第三十一回卒業式 |
11. 1 | 本校職員定員改 |
11. 9 | 日本文化講義(小山栄三) |
| 1月 国民勤労報国会施行による学徒出動令 5月 翼賛政治会結成 12月 大日本言論報国会結成 |
昭和18年 (1943) |
1.13 | 報国会冬季錬成会 |
3. 1 | 日本文化講義(西谷啓治) |
3.23 | 本校職員定員改正 |
4. 1 | 本校規則、附属校規則を新たに改正制定(本校家事科を家政科と改称) 臨時教員養成所に家事科増設 |
4.10 | 第三十五回入学式 |
6. 5 | 山本元師国葬休業 |
8.30 | 本校規則第十六条削除 |
9.20 | 日本文化講義(鈴木成高) |
9.30 | 第三十二回卒業式 |
12.22 | 日本文化講義(高田保馬) この年より集団勤労奉仕作業激増 |
| 6月 学徒戦時動員体制確立要綱閣議決定 10月 教育に関する戦時非常措置方策閣議決定大日本育英会創立 |
昭和19年 (1944) |
2.22 | 日本文化講義(飯島幡司) |
4. 1 | 附属高等女学校第一・二部合併 |
4.10 | 第三十六回入学式 |
4.11 | 奈良特設中等教員養成所入所式 |
4.16 | 本日より隔週日曜日に授業と修練を行なう旨決定 |
4.19 | 開墾地(食糧自給増産のため奈良坂平野に一万坪借用)鍬初式 |
9.30 | 第三十三回卒業式 |
11. 9 | 舞鶴海軍工廠に第一次出動(本科二、三学年) |
| 1月 緊急学徒勤労動員方策要綱閣議決定 7月 小磯内閣成立 8月 女子挺身隊勤労令、学徒勤労令公布 |
昭和20年 (1945) |
2. 3 | 舞鶴海軍工廠に第二次出動(文・家一年、臨教二、一年) |
4. 1 | 附属高等女学校に専攻科(修業年限一か年)設置、日田権一校長辞任 |
4. 5 | 坂井喚三校長就任 |
4.23 | 奈良県食糧増産隊青年学校受入式 |
4.28 | 日本文化講義(玖村敏雄) |
6.22 | 学徒隊結成式 |
7.11 | 第三十七回入学式 |
8.18 〜22 | 舞鶴への出動生徒帰還 |
8.23 | 生徒全部帰郷につき臨時休業 |
9.30 | 第三十四回卒業式 |
11.19 | 薙刀授業廃止 |
11.26 | 坂井喚三校長辞任 |
12. 4 | 日本文化講義(湯川秀樹) |
12.11 | 内藤卯三郎校長就任 |
12.12 〜2.5 | 食料事情・石炭不足・運輸事情等により臨時休業 |
| 4月 鈴木内閣成立 7月 ポツダム宣言発表 8月 広島・長崎に原爆投下、ソ連参戦、天皇降伏放送 9月 新日本の教育方針発表 12月 修身・日本史・地理の授業禁止 |
昭和21年 (1946) |
1.28 | 女子大学創設委員会 |
2. 6 | 始業式 |
3. 5 | 日本文化講義(黒田覚) |
3.17 | 米国教育使節団来校 |
3.18 | 奈良女子帝国大学創設後援会発会式 |
6. 1 | 第三十八回入学式 |
6.26 | 学科課程改正協議会 |
8. 6 | 学校規則改正協議 |
8.10 | 事務機構改正教官会議 |
9.19 | 奈良軍政部教育課長べーカー大尉来校視察 |
10.26 | 朝日新聞主催奈良三重和歌山三県高専大学学生討論会 |
10.28 | 安倍能成講演 |
11.22 | 生徒自治会発足 |
12. 4 | 職員組合結成 |
12.18 | 教育制度委員会会合 |
| 1月 天皇人間宣言 3月 学生主事生徒主事制度廃止 4月 第22回総選挙(女性初投票) 10月 男女共学制実施指示 11月 日本国憲法公布 |
昭和22年 (1947) |
2.27 | 三号館全焼 |
3.15 | 第三十五回卒業式 |
4.17 | 第三十九回入学式 |
4.19 | 奈良女高師学術講座開催 |
5. 5 | 新設体育科に生徒入学 |
5.24 26 | 新憲法講演会(田畑忍、滝川幸辰) |
5.31 | 指定時間割による定期試験廃止 |
7.21 | 食糧事情のため9・15まで夏休み延長 |
6. 2 | 附属中学校発足 |
11. 8 | 大学高専開放講座 |
12.17 | 奈良女子大学案につき協議(以後しぱしば協議会開催) |
| 2月1日 ゼネスト中止命令 3月 教育基本法、学校教育法施行 5月 日本国憲法施行 |
昭和23年 (1948) |
1.13 | 奈良女子大学案につき教官会議 |
3.15 | 第三十六回卒業式 |
4. 1 | 附属高等学校発足 |
4. 7 | 大学昇格間題につき全校園教官会議(以後しぱしぱ) |
4.17 | 第四十回入学式 |
4.22 | 自治会のため午前中休講(大学昇格間題について) 〔この頃大学昇格についての会合頻り〕 |
5. 9 | 国立奈良女子大学助成会結成 |
5.28 | 大学移行人事委員会(以後しぱしば開催) |
7.11 | 森戸文相来校、一県一大学の方針語る |
8.23 | 全校園教官会議 |
10. 8 | ヘレン・ケラー歓迎会 |
| 5月 教育勅語失効参院決議 7月 日本学術会議法公布教育委員会法公布 11月 極東裁判判決 |
昭和24年 (1949) |
3.15 | 第三十七回卒業式 |
4. 7 | 教官会議(学長選挙−内藤校長を推すこと決定) |
4.13 | 保育科入学式 |
4.20 | 教官会議(初の学部長選挙) |
5.31 | 内藤卯三郎校長離任 国立学校設置法により奈良女子大学設置−文学部、理家政学部となる 落合太郎学長就任(6.9来任) 奈良学芸大学学長併任およぴ奈良女子高等師範学校長兼任 |
6. 1 | 補導部新設 |
7. 6 | 奈良女子大学第一回入学式 |
7.31 | 落合学長、奈良女子高等師範学校長兼任を辞め、木校増一校長就任 |
10.17 | 高瀬文相来校 |
11. 2 | 奈良女子高等師範学校最後の教官会議 教授会及ぴ評議会に関する規程施行 |
12. 7 | 校長兼文学部長木枝増一死去、落合学長校長再兼任 |
| 1月 教育公務員特例法 5月 教職免許法、国立学校設置法施行 7月 三鷹事件 8月 松川事件 9月 人事院規則公布中華人民共和国成立 12月 湯川博士、ノーベル賞受賞 |
昭和25年 (1950) |
3.15 | 第三十八回卒業式 |
4. 1 | 附属高等学校男女共学となる |
4.17 | 第二回入学式 |
8.11 | 天野貞祐文相来校 |
9. 3 | ジェーン台風(本学の被害僅少) |
11.29 | 学生、補導課に抗議のビラ撒く |
| 5月 全学連イールズ声明反対 6月 朝鮮戦争おこる 8月 警察予備隊発足 |
昭和26年 (1951) |
3. 1 | 第三十九回卒業式 |
4.17 | 第三回入学式 |
9. 1 | 補導課と厚生課合併、学生課(学生係、寮務係)となる この年、家政学部一号館(3月)、二号館(12月)竣工 |
| 4月 マッカーサー解任 9月 対日平和条約、日米安保条約 11月 京大天皇事件 12月 民放放送開始 |
昭和27年 (1952) |
3.24 | 第四十回卒業式、創立四十三周年記念式、同窓会勤続教官に感謝 |
3.31 | 法律第22号により奈良女子高等師範学校の課程廃止 補導部廃止され、同部の事務は事務局のもとにおかれる |
4. 1 | 文学部に教育学科新設(体育学を家政学科から教育学科に移す) |
4.16 | 第四回入学式 |
| 2月 日米行政協定 4月 平和条約発効 5月 メーデー事件 7月 破防法施行 8月 文相、修身科復活言明 |
昭和28年 (1953) |
3.24 | 奈良女子大学第一回卒業式 |
4. 1 | 学則・評議会規程・教授会規程等施行 (24年11・2の評議会及び教授会規定廃止) |
4.10 | 学長選考基準、学長、部局長の任期規程等施行 |
4.17 | 第五回入学式 |
6. 1 | 落合学長奈良女子大学長再任 評議会規程、同規則施行(28年4・1の同規程廃止) |
8. 1 | 理家政学部を理学部および家政学部に分離 |
10.26 | 事務組織規程施行 |
| 6月 自治庁、学生の選挙権を郷里におく旨言明、問題となる 10月 池田ロバートソン会談 |
昭和29年 (1954) |
3.24 | 第二回卒業式 |
4. 1 | 落合学長の奈良学芸大学長併任解除 家政学専攻科設置、名誉教授授与規程・教員停年規程施行 |
4.17 | 第六回入学式 |
4.24 | 家政学専攻科入学式 |
9. 1 | 健康相談所新設 |
9.30 | 教員選考基準施行 |
| 2月 教育二法国会提出 3月 福竜丸水爆被災 6月 防衛庁設置法、自衛隊法公布 |
昭和30年 (1955) |
3.24 | 第三回卒業式 |
4. 1 | 各学部規定、附属図書館規則制定施行 |
4.15 | 第七回入学式 |
7. 1 | 文学専攻科設置 |
9. 1 | 会計課に施設担当課長補佐新設 |
| 8月 第一回原水禁大会 10月 社会党統一大会 11月 自民党結成 |
昭和31年 (1956) |
3.24 | 第四回卒業式 |
4. 1 | 理学専攻科設置 |
4.13 | 第八回入学式 |
| 10月 日ソ共同宣言 12月 日本国連加盟 |
昭和32年 (1957) |
3.23 | 第五回卒業式 |
4. 1 | 国立学校設置法施行規則改正により学生部設置 |
4.12 | 第九回入学式 |
4.20 | 文学・理学・家政学各専攻科入学式 |
6. 1 | 落合学長再任 |
| 1月 南極観測日本隊オングル島上陸 6月 岸内閣成立 |
昭和33年 (1958) |
3.24 | 第六回卒業式 |
4. 1 | 放射線障害予防規則施行 |
4.11 | 第十回入学式 |
4.19 | 専攻科入学式 |
6. 1 | 附属中・高校紀寺町に移転 |
9.24 | 文部省主催道徳教育指導者講習会に反対して、全学ストライキ |
| 10月 日米安保改定交渉開始 |
昭和34年 (1959) |
3.24 | 第七回卒業式 |
4.11 | 第十一回入学式 |
4.20 | 専攻科入学式 |
5. 1 | 創立五十周年記念式 |
| 3月 安保改定阻止国民会議結成 9月 伊勢湾台風 |
昭和35年 (1960) |
3.24 | 第八回卒業式 |
4.11 | 第十二回入学式 |
8. 1 | 事務組織規定改正、事務分掌規則、健康相談所規程施行 各学部事務室新設、学生部に学生謀(学生係、教務係)と厚生課をおく 附属図書館に司書主任室、健康柏談所に業務主任室をおく |
9.28 | 奈良女子大学校地校舎計画委員会発足 |
9 | 新寮舎第一期工事竣工 |
11.30 | 八号館に学生控室をおく |
| 5〜6月 日米安保条約改定反対運動激化、日米安保改定条約自然成立 7月 池田内閣成立 10月 浅沼社会党委員長刺殺さる |
昭和36年 (1961) |
3.24 | 第九回卒業式 |
3 | 新寮舎第二期工事竣工 |
4.10 | 第13回入学式 |
6. 1 | 落合学長再任 |
6. 3 | 政治的暴力行為防止法案反対授業放棄 |
| 4月 ライシャワー米駐日大使着任 12月 三無事件 |
昭和37年 (1962) |
2 | 新寮舎第三期工事竣工 |
3. 1 | 会計課に会計担当の課長補佐新設 |
3.20 | 放射線障害予防規程施行(33年4・1の同規程廃止) |
3.23 | 第十回卒業式 第一回広部奨学金授与 |
4.10 | 第十四回入学式 |
4.27 | 反戦統一行動授業放棄 |
5.25 | 核実験即時中止統一行動授業放棄 |
7. 1 | 庶務課文書係新設 |
7.15 | 学生課に課長補佐をおく |
10.31 | 大学管理法制度化反対授業放棄 |
11.30 | 大管法制度化反対統一行動全学スト |
12. 8 | 授業放棄 |
| 1月 日米文化教育会議 5月 池田首相大学管理制度改正言明 10月 キューバ危機 12月 中ソ論争表面化 |
昭和38年 (1963) |
1 | 第一回学生実態調査 |
2 | 新寮舎第四期工事竣工(全工事完了) |
3.23 | 第十一回卒業式 |
4.10 | 第十五回入学式 |
5.26 | 寄宿寮中毒事件(四十四名軽症、間もなく回復) |
| 1月 米原潜日本寄港通告 9月 池田首相東南アジア訪問 |
昭和39年 (1964) |
2.18 | 文部省「負担区分」通達 |
3.24 | 第十二回卒業式 |
4. 1 | 家政学部住居保健学科を住居学科と改称 大学院家政学研究科(修士課程)設置 大学院家政学研究科委員会規定施行 家政学専攻科廃止 |
4.10 | 第十六回入学式 |
7. 1 | 旧寮静養室学生合宿所となる |
10.29 | 原潜寄港反対全国統一行動全学スト |
12.12 | 附属図書館長選考基準施行 |
| 4月 琉球立法院日本復帰施政権返還決議 10月 東京オリンピツク |
昭和40年 (1965) |
1.20 | 学長選考墓準、同実施細則施行(28年4・10の同基準等廃止) |
3.24 | 第十三回卒業式 |
4. 1 | 大学院理学研究科(修士課程)設置 理学研究科委員会規定施行、理学専攻科廃止 五嶋孝吉奈良女子大学長就任 |
4.10 | 第十七回入学式 |
4.12 | 附属小学校百楽園町に移転(登校式) |
10.20 | 学位規定施行 |
12. 8 | 附属校園の各校・園則施行 |
| 1月 「期待される人間像」発表 6月 日韓条約国会批准 8月 佐藤首相沖縄訪問 |
昭和41年 (1966) |
1 | 第二回学生実態調査 |
3.24 | 第十四回卒業式 |
4.12 | 第十八回入学式 |
5 | この頃サークル名簿提出拒否運動 |
6 | スポーツ・テスト実施 |
10. 1 | 文学部事務室を事務部とし、附属校園各事務室を事務係とする。 附属図書館に管理運用係と司書係をおく |
11 | 寄宿寮入退寮権問題につき「入退寮選考に関する暫定内規」成立 |
11.16 | 入学者選抜制度研究委員会規程施行、受託研究員受入規程施行 |
| 6月 ILO87号条約発効、祝日法改正 10月 総評ベトナム反戦スト |