大地獄図
奈良県指定文化財 9幅
長岳寺所蔵
「大地獄図」は各幅の本紙は縦約250センチ横80〜90センチ。全九幅を表具を入れて計測すると、全長で縦4メートル横11メートル余。大画面に六道及び極楽世界が圧倒的な迫力をもって描かれた大作である。狩野山楽筆との伝承があるが、確証はない。墨色の強い濃厚な技法表現からみて、室町末〜江戸初期(16〜17世紀)作と推定される。
向かって右端が第一幅。その下方隅の荼毘と葬送の場面から物語は始まる。死者の魂は、そこから一気に急上昇。第一幅から第二幅にまたがって描かれる死天山へと向かう。山を越え、次に向かうのは奈河津。俗に云うところの三途の川だ。
川のほとりには脱衣婆と懸衣翁がいて、死者の罪過を問うている。第二幅下方にみえるのは賽の河原。早世した子どもたちが地獄に堕ちることも極楽へと往生することもなく、地蔵菩薩とともにここにたたずむ。第三幅から第八幅までの下方に広く展開されるのが六道世界。
とくに地獄の描写が克明で、観者の視線をひきつける。八大地獄の責め苦に加えて、血の池地獄や両婦地獄なども見える。目連救母説話の内容を踏まえた餓鬼道、牛馬のほかに龍王等の海の生物も描かれる畜生道、壮絶な戦闘場面を描写する阿修羅道も見逃せない。
同じく第三幅から第八幅までの上方には十王たちが居並んでいる。初七日から七七日(中陰)を経て三回忌に至るまで、彼らによる計十回の裁判を経て、死者の来世の行き先は決定される。言い換えれば、その期間、遺族たちが懇ろに供養を行えば、死者はそれに応じてより良い世界に生まれかわることができるのだ。
その意味では、地獄の王たちは現世の寺院の経済活動に一役買っていると言えるだろう。第九幅の中央には阿弥陀聖衆の来迎。
下方には蓮の花が咲き、上方には雲中に極楽宮殿の様子が僅かに覗き見られる。六道巡りを経たのちの極楽往生の様が、最後に象徴的に示される。
この「大地獄図」には古代・中世から伝統として継承された六道絵の図様が多数取り入られている。さらに、近世になってから広く流布する新しい死後の世界のイメージが初発的に登場している。
すなわち、本図はわが国六道絵の変遷を考える上で、新旧両様の図像を総覧し得る。絵画史上あるいは信仰史上、実に重要な位置にある作品である。
(参考/鷹巣純「めぐりわたる悪道 -- 長岳寺本六道十王図の図像をめぐって」『仏教芸術』211号、1993年)